以前、コラム記事「棋士の手数とレート差:平均手数から棋力が分かる?」において、棋士棋譜集を用いてレート差と手数との間の相関関係を解析し、結果を報告しました。今回は、コンピュータ将棋対局場floodgateの棋譜を用いて、同様の解析を行いたいと思います。棋士とコンピュータとで結果にどのような違いが生じるのかに注目です。まだ前回の記事を読んでおられないという方は、そちらを先に読まれることをお勧めします。
さて、今回の解析に用いるのは、floodgate棋譜集(2012~2015年版)です。それぞれの詳細については、以下の記事をご参照ください。
- floodgateの棋譜整理とレート算出:floodgate棋譜集(2012年版)
- floodgateの棋譜整理とレート算出:floodgate棋譜集(2013年版)
- floodgateの棋譜整理とレート算出:floodgate棋譜集(2014年版)
- floodgateの棋譜整理とレート算出:floodgate棋譜集(2015年版)
解析のやり方は基本的に前回と同様です。外れデータを弾くため、30手以上230手以下の投了決着の棋譜に限定した上で、「勝者のレートから敗者のレートを引いたレート差」と「投了手数」との間の相関関係について、線形回帰分析を行います。ここで、手数範囲の上限を、棋士棋譜集の際の200手から、230手に引き上げているのは、floodgate棋譜集の方が平均手数が大きいためです。線形回帰分析については以下の解説記事をご覧ください。
分析の結果は以下のようになりました。ここで、Tは手数、dRはレート差を表しています。
- 2012年版:棋譜数56902、相関係数-0.1699、\[T = -0.02020 dR + 127.9\]
- 2013年版:棋譜数78627、相関係数-0.2360、\[T = -0.02417 dR + 132.1\]
- 2014年版:棋譜数55538、相関係数-0.2744、\[T = -0.02441 dR + 130.8\]
- 2015年版:棋譜数33577、相関係数-0.3011、\[T = -0.03029 dR + 130.5\]
まずは相関係数の値に注目してみると、前回の棋士棋譜集の解析では、棋譜数47021、相関係数-0.1114という結果でした。それと比較すると、今回の結果は、棋譜数はおおよそ同等程度以上であるのに対して、相関係数の絶対値が大きくなっています。このことは、棋士棋譜集よりもfloodgate棋譜集の方が相関が強いという事を示唆しています。
また、棋士棋譜集の場合にはレート差200以内の対局が9割弱であったのに対して、floodgate棋譜集の場合には半分程度しかなく、レート差の離れた対局が多くなっています。レート差200以内の対局に絞って解析を行うと、以下のようになり、相関係数の絶対値は大きく減少します。
- 2012年版:棋譜数27429、相関係数-0.0539
- 2013年版:棋譜数35976、相関係数-0.0547
- 2014年版:棋譜数20899、相関係数-0.0315
- 2015年版:棋譜数13489、相関係数-0.0818
このことから、レート差の離れた対局が相関の強さに大きく寄与しているということが分かります。つまり、レート差が大きいと手数差も大きくなるが、ノイズの方はそこまで大きくならないため、結果的に相関が強くなっているということのようです。
次に回帰直線の方に注目すると、棋士棋譜集の解析においては、\[T = -0.02403 dR + 115.8\]という結果でした。今回の結果は、年ごとのばらつきはあるものの、傾きはおおよそ近い値になっています。不思議なことに、レート差100ごとに手数が2.5手くらい変わるというのは、棋士もコンピュータも同じ傾向にあるようです。これが偶然の一致なのか、それとも何らかの機構に由来するものなのかは、このデータからだけでは分かりません。また、レート差がない時(dR = 0)の手数は、floodgate棋譜集の方がおおよそ15手くらい大きくなっており、この結果は「手数と投了 4:floodgateにおける投了手数」の結果と整合しています。
最後に、前回の記事で示したのと同じ疎視化データのグラフをお見せします。ただし、青線は、疎視化データの線形回帰ではなく、上述の回帰直線です。
棋士棋譜集においては、棋譜の9割弱がレート差200以内の対局に集中していたため、その範囲で明確な線形性を視認することができました。今回の結果では、広範囲に棋譜がばらけているということもあり、ノイズの大きいグラフになっています。
また、レート差が-200以下の「番狂わせ」の領域に着目すると、回帰直線を大幅に下回るデータが他の領域よりも多く見られます。不思議なことに、この傾向もまた棋士棋譜集と同様の結果になっています。コンピュータ将棋においても、「番狂わせ」の一局では通常とは異なった機構が働いているということなのかもしれません。
以上まとめると、floodgate棋譜集においてはレート差と手数との間に負の相関があり、おおよそレート差100ごとに手数が2.5手くらい変わるということが分かりました。この傾向は棋士棋譜集の結果と大体一致しています。棋士同士とコンピュータ同士とでは考え方も対局環境もまるで異なっているわけですが、このように同じ傾向が見られるというのは、仮に全くの偶然によるものであったとしても、興味深いことなのではないでしょうか。
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