将棋において、一局面の合法手(ルール違反にならずに指せる手)の最大数は593手であると言われています(参照:「State of the Digital Shogics [最先端計数将棋学]」)。例えば、以下のような局面が最多合法手局面に該当します。

手合割:平手
後手の持駒:金三 桂三 歩十七
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
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| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 飛|一
|v玉 銀 銀 ・ 銀 ・ 玉 ・ ・|二
| ・ ・ ・ ・ 角 ・ ・ ・ ・|三
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|四
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|七
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|八
| ・ ・ ・ 香 ・ 香 ・ 香 ・|九
+---------------------------+
先手の持駒:飛一 角一 金一 銀一 桂一 香一 歩一

なぜ、593手なのか? 本当に593手が最大なのか? 今回は、頭の体操として、この問題について考えてみましょう。

まず、何もないまっさらな盤を想像して、飛角金銀桂香歩と全ての種類の駒を1枚ずつ持ち駒にしている状況を考えましょう。この時、駒を打てる場所の合計は、\[81 + 81 + 81 + 81 + 63 + 72 + 72 = 531\]箇所あります。ここで、桂香歩については打てる場所が制限されていることに注意してください。持ち駒の種類が減ると、打てる場所が63箇所以上も減ることになるため、合法手の数は激減してしまいます。また、同種類の持ち駒の数が増えても合法手の数は変わりません。この531手を基本として、盤に駒を配置していきます。

1.自玉と敵玉の配置。自玉は、2段目2~8筋に置くと最大で8つ動けて、6つの駒が打てなくなるため、差し引きで合法手を2手増やせて、533手となります。3段目だと打てなくなる駒が7つに増えてしまいますし、1段目だと打てなくなる駒は4つですが、動けるマスも5つになってしまうので差し引きで損になります。敵玉については、1段目だと打てなくなる駒は4つ、2段目だと6つなので、本当は1段目に置きたいのですが、後述するように、1段目には飛車を通したいので、1段目の隅か、2段目に置かれることになります(どちらでも飛車の動ける範囲を考慮すると以下の計算は同じです)。よって、ここまでで527手になります。また、打ち歩詰めが発生すると歩が打てなくなってしまうため、打ち歩詰めが出ないように注意します。

2.持ち駒以外の飛車と角の配置。成りと成らずで2倍の手を稼ぎたいので、場所は1~3段目、生のままで置くことを考えます。飛車はどこにおいても動ける箇所の最大は16箇所で変わらないので、打てなくなる駒が4つですむ1段目に配置します。敵玉を1段目において、2段目に飛車ということでも、ここだけ見ると勘定は同じなのですが、2段目には他の駒も配置したいので、結果的に利きの遮断されない1段目に置かれることになります。これで、555手です。また、角の場合、動ける最大箇所は、1段目で8箇所、2段目2~8筋で10箇所、3段目3~7筋で12箇所ですので、打てなくなる駒を考慮しても、3段目3~7筋が最善です。5段目5筋で最大の16箇所になりますが、この時は6箇所しか成れない(馬を置いても4箇所しか余分に動けない)ので、及びません。これで、572手になります。

3.金、と、成香、成桂、成銀の配置。これは2段目以降に置くと最大で6つ動けますが、6つ以上の駒が打てなくなるので、得になることありません。1段目でも、3つ動けて、4つ打てなくなるので、差し引きで損になります。よって、これらの配置は考えなくてもかまいません。

4.持ち駒以外の3枚の銀の配置。銀は2段目2~8筋に置くのが最もよく、最大で5つ動けて、6つ打てなくなるので、成りを考慮すると1枚当たり4手増やすことができます。置けるのは3枚なので、これで584手です。

5.持ち駒以外の3枚の香車の配置。香車は明らかに9段目に配置するのがよく、7つ打てなくなる代わりに、最大で8箇所うごけて、2箇所で成りの選択ができます。つまり、1枚当たり最大で3手増やすことができるので、合計して、593手になります。

6.桂馬と歩の配置。歩は明らかに置くと損です。桂馬も2箇所しか動けませんので、成りを考慮しても、打てなくなる数を上回ることはできません。なので、どちらも置かない方が得ということになります。

まとめると、

  1. 自玉は2段2~8筋で自由に動ける場所。敵玉は1段目の隅か、2段目で打ち歩詰めがない場所。
  2. 飛車は1段目、角は3段目3~7筋で自由に動ける場所。
  3. 金、と、成桂は2段目2~8筋の自由に動ける場所に配置可能(不必要)。
  4. 3枚の銀を2段目2~8筋の自由に動ける場所に配置。
  5. 3枚の香車を9段目の自由に動ける場所に配置。
  6. 持ち駒は全種類。

とすれば、最大の593手になります。

ただし、上記の記述は、それぞれの駒が最も得をするように配置された場合にそうなるというだけで、そのような配置が実際に可能であるのかについては何も言っていません。配置の可能性については、実際にそういう局面を発見できれば、結果的に可能であったと言うことができます。これについては、たかだか有限個ですし、計算可能な程度に可能性も限られていますので、コンピュータに聞いてみるのが楽でしょう。

ということで、実際にコンピュータを用いて、上記の配置を網羅的に探索してみると、左右反転対称性と持ち駒の違いを除けば、ただ一つの局面のみが上記の条件を満たすということが分かります。それが、記事の冒頭に示した最多合法手局面です。

以上、今回は、頭の体操として、一局面の合法手の最大数が593手であることの証明をしてみました。「数学的な話なのに、コンピュータを使うのは汚い」というような反応もあるかもしれませんが、その辺はプラグマティック(実用主義的)に対処するのが筆者の流儀ですので、ご容赦ください。