コンピュータと棋士とを比較する際に「消費エネルギーを同等に揃えて比較するべきではないか」という意見を見かけることがあります。その意見の是非はさておき、「人が将棋を指す時のエネルギー消費はどれくらいなのか」を今回は簡単にまとめておきます。
人間には生きていく上で必要不可欠な「基礎代謝」というものがあり、これは人によるのですが、成人男性で一日あたり約1500kcal、成人女性で約1200kcalくらいです(参照:ウィキペディア)。また、安静時に消費するエネルギーは「安静時代謝」と呼ばれ、おおよそ基礎代謝の1.2倍とされています。さらに、人間の様々な活動におけるエネルギー消費を安静時代謝の何倍かという数字で表したものをMETs(メッツ)と言います。
国立健康・栄養研究所の「身体活動のメッツ表」(pdfファイル)によると、将棋などの座って行うボードゲームのMETsは1.5になっています。ただし、これは縁台将棋などで気楽に行われる対局のことであり、緊張して必死に考える競技対局においては最大で2くらいまでは上昇するのではないかと考えられます。ここでは、1.5~2.0と幅をもって見ておきましょう。
以上の数値から計算すると、基礎代謝の分は除いて、成人男性が将棋を指す時のエネルギー消費は、1時間あたり約50~88kcalということになります(成人女性の場合は約8割)。食物で換算すると、炭水化物や糖分は、1gあたり4kcalですので、1時間あたり約13~22gとなり、脂質の場合には、1gあたり9kcalですので、1時間あたり約6~10gとなります。これらの数字は、座って静かに行う活動としては大き目のものですが、体を動かす活動と比較すると小さなものです。
カロリーをワットに換算すると、1kcal/時 = 約1.163Wなので、約58~102Wということになります。これらの数字には生存を維持するための基礎代謝(約73W)の分は含まれておりませんので、ご注意ください。
さらに、値段で言うと、50Wを1時間使用する時のエネルギー価格は、石油で約0.1円(1バレルあたり3000円の時)、電気で約1円(1kWhあたり20円の時)、食料で約10円(500kcalあたり100円の時)ということになります。ここで、物や形態によって値段が変わっているのは、価格の妥当性や税金の話はさておくと、基本的にはそれを作って提供するコストを反映しています。つまり、同じエネルギーの電気を提供するには約10倍の石油が必要であり、同じエネルギーの食料を提供するには約100倍の石油が必要であるというわけです。
コンピュータの場合は電気で動きますが、人間の場合には食料が必要ですので、価格に直すと約10倍の差が生じます。食料も安価な穀物ではなく、うな重などの高価な食品ということになると、100倍以上もの差になります。贅沢品はさておいても、それだけ人間の体はエネルギー効率が悪いということです。
以上、今回は人が将棋を指す時のエネルギー消費について簡単にまとめました。
エネルギーというのは現代科学で最も重要な概念の一つであり、工学においてもエネルギー消費を考えることはとても大切なことです。同じことをより少ないエネルギーで実現できるのであれば、価格も下がりますし、余ったエネルギーを他に回すことも可能になります。ただ、人が将棋を指す事とコンピュータが将棋を指す事とを同じ活動とみなせるのかというと、根本的に別の事なのではないかと筆者は感じます。その違いにこそ、人が将棋を指す意味があるのではないでしょうか。
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