以前、「将棋の局面数 1:局面数は無量大数」「将棋の局面数 2:分岐の迷宮」の記事において、将棋の局面数について考察し、局面数が10の68~69乗程度であること、一手ごとの分岐に際して合流局面が非常に多いこと等を論じました。今回は、序盤の駒組みに限定すると局面数はどうなるのかということについて考えてみたいと思います。
まずは、片方の駒組みの配置の数を考えてみましょう。
簡単化のために、以下のような条件をつけます。
- 持ち駒と成り駒は無し。
- 手前から見て4段目まで、もしくは5段目までに配置を限定(それぞれ“4段駒組み”、“5段駒組み”と呼ぶことにします)。
- 歩以外の駒は、手前から見て3段目までに配置を限定。
- 配置は初期局面から移動可能な場所に限る。
この条件では、歩や角の交換はありませんし、浮き飛車や腰掛銀もありませんので、かなり限定された駒組みということになります。そういう計算だと思って見てください。
配置数を計算してみると、4段駒組みの場合は\[4.76 \times 10^{11}\]となり、5段駒組みの場合は\[4.50 \times 10^{13}\]という結果になります。
局面数は、両者の配置数の掛け算になりますので、4段駒組み同士の場合は\[2.26 \times 10^{23}\]となり、5段駒組み同士の場合は\[2.02 \times 10^{27}\]という結果になります。5段駒組み同士の場合には、歩がぶつかっていたり、5段目で歩がかぶっていたりする局面も含まれてしまっていますが、これらの結果はそれぞれ下限と上限の見積もりに対応するものとお考えください。
これらの局面数は、実感としては、どれくらいの大きさなのでしょうか?
例えば、100万局面の定跡データベースは10の6乗ですので、それの10京(10の17乗)倍以上ということになります。また、これらの序盤の駒組みの局面についてデータベースを作ることを考えてみると、仮に10の25乗個の局面を収録し、1局面に1バイトの情報を保存するとしても、1TBのハードディスクが10兆台くらい必要になります。ちなみに、宇宙にある星の数は10の22乗個程度と言われていますので、それより少し大きいくらいとも言えます。
もちろん、ここで数えている局面のほとんどは、実際の対局には現れてこないものなのですが、それにしても「想像していたよりも大きい」と感じられる方が多いのではないかと思います。
普段の対局ではお目にかかれない駒組みも、チェス960(フィッシャー・ランダム・チェス)のように初期配置をランダムに入れ換えた変則将棋を行うと出現するかもしれません。例えば、桂香以外の一段目の駒と飛車の初期筋をランダムにすると、普段の将棋からさほど離れない形で、様々な駒組みが見られそうな気がします。コンピュータ将棋で試してみても面白いかもしれません。
さて、それぞれの駒組みには初期局面からその配置を作るのに必要な最小手数が存在し、駒組みが局面内に現れるには、先手番と後手番がありますので、少なくともその手数の2倍の手数が必要になります。これを“最短手数”と呼ぶことにします。
最短手数は、正確に計算しようとすると大変ですので、以下の近似で見積もります。
- 駒ごとに初期局面から配置場所に移動する最小手数を算出して、全駒分を積算する(最短手数は最小手数の2倍)。
- 駒の移動の際に他の駒の存在は考えない。
- 移動の経路に利用できるマスは手前から見て4段目までに限る。
この近似では、他の駒に邪魔されて余計な手数がかかる場合が考慮されていませんので、最短手数が少なめに出る傾向があります。
駒組み数の最短手数分布を以下に図示します。青点が4段駒組みの場合、赤点が5段駒組みの場合の結果です。縦軸は駒組み数の常用対数ですので、10の何乗かを表しています。
それぞれのグラフは、最初はほぼ線形で立ち上がり、4段駒組みは42手目、5段駒組みは52手目をピークとして減少に転じます。最短手数が多い方の局面は人間的に見て不自然な形がほとんどであると予想されますので、普通の将棋ではピーク付近までにそれぞれが駒組みを選択して開戦という流れになっているものと思われます。
最後に、それぞれの駒組みを組み合わせた序盤の局面数の最短手数分布を示します。青点が4段駒組みの場合、赤点が5段駒組みの場合の結果です。
局面数を計算する際には、必ずしも両者の駒組みの最短手数が一致しているとは限らず、片方が手損している局面も多く含まれてしまっています。そこで、両者手損がない局面に限定した場合の局面数も十字点で示しました(青が4段駒組み、赤が5段駒組み)。実際の将棋で現れうる局面数は、こちらの数字の方が近いと思われます。
両者手損がない局面数(十字点)は、それぞれの駒組み数の2乗(対数では2倍)になっており、当然、ピーク位置なども同じです。
もちろん、これらの局面の中には人間的に見てありえないようなものが大量に含まれているわけですが、純粋な可能性としては、将棋の序盤の駒組みの局面にはこれだけの変化の余地がありうるということになります。
また、グラフの最初の立ち上がりの部分に注目すると、10手で10の10乗程度になっておりますので、その付近の分岐数は10程度であることが読み取れます。全ての局面数ということでいうと、いきなり開戦という選択肢もありえますので、もっと大きくはなるのですが、この分岐数10程度という数字は、序盤で合流局面を除いた場合の平均分岐数の下限の見積もりを表すものと考えられます。
以上、今回は序盤の駒組みにおける局面数を見積もりました。4段駒組み同士の場合は10の23乗程度、5段駒組み同士の場合は10の27乗程度という結果が得られ、また、10手目付近までの合流局面を除いた平均分岐数の下限値が10程度であるということも分かりました。
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