よく将棋の平均手数は百十数手と言われます。「数手」の部分は文献により異なっており、これは依拠する棋譜データの違いによるものと思われます。そもそも平均というものは、何の集団の平均なのかを指定をしないと意味が定まらないものです。

ここでは棋士棋譜集(2015年11月版)に基づいて、棋士の投了手数について論じたいと思います。この棋譜集の詳細については「棋士の棋譜整理とレート算出:棋士棋譜集(2015年11月版)」をご参照ください。

棋士棋譜集(2015年11月版)における投了手数の平均は115.8手、標準偏差は28.2になっています。平均と標準偏差については「平均と標準偏差:それって不偏推定値?」をご参照ください。この平均手数は従来的に言われている値に近く、棋士の棋譜集を基づく限りは詳細によらずにおおよそ似たような値になるものと思われます。さらに標準偏差を考慮すると、分布が正規分布に近ければ、7割くらいの対局は88~144手の範囲に収まり(実際には72.0%)、9割5分くらいの対局は59~172手の範囲に収まる(実際には95.7%)ということになります。

一般に、平均や標準偏差を考える際には、外れデータの存在の可能性も考慮する必要があります。例えば、棋譜集の中に100万手などという棋譜が一つでも紛れ込んでいると、その例外に引っ張られて結果が大きく変わってしまうということがあり得るからです。今回の棋譜集では投了手数の最低値は5手、最高値は389手となっており、そのような極端なデータは含まれていません。念のために、投了手数の範囲を30手以上250手以下に限定して計算してみると、平均は115.7手とほとんど変わらず、標準偏差は27.6と僅かに小さくなります(範囲を狭めているので当然ですが)。今回の結果においては外れデータは考慮しなくてもよさそうです。

投了手数の分布は以下の図のようになっています。
kishi_tesuu_hindo_151124

上図の分布を見ると、手数が奇数と偶数でガタついていることが分かります。これは先手と後手の勝率が違うためです。実際、先手勝利(手数が奇数)の棋譜は27305(平均は115.2手、標準偏差は28.3)である一方、後手勝利(手数が偶数)の棋譜は24305(平均は116.5手、標準偏差は27.9)となっており、偶奇によって棋譜数が異なってしまっています。本来、先手勝利のデータと後手勝利のデータは別々に取り扱われるべきものなのです。

この棋譜数の不一致の問題は、手数が偶数の時の和と奇数の時の和がそれぞれ0.5と0.5(合わせて1)となるように揃えて規格化することで解決することができます。そのように規格化された頻度分布が下図になります。以下では、このように手数の偶奇で規格化が調整された分布に基づいて解析を進めていきます。
kishi_tesuu_normalized_hindo_151124

最後に、上の投了手数の分布を書き換えて、投了決着棋譜における未投了率として表示してみます。ここで、未投了率というのは、ある手数が終わった時に未だ投了されずに対局が続いている割合のことであり、言い換えると、1から規格化された頻度を順々に引いていったもののことです。
kishi_tesuu_mitoryo_151124

この未投了率は、手数の増加によって単調に減少していく量であり、特に平均手数の近辺で大きく減っていきます。特に150手を過ぎた長手数の領域では小さな値になっており、この図ではよく見えなくなっています。次の記事では、この長手数の領域の振る舞いについて考察してみたいと思います。

次の記事:「手数と投了 3:棋士の未投了率における長手数テールと冪乗則
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